Deep Purple

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Deep Purpleのプロフィール

Deep Purpleは、イギリスで結成されたハードロック三大バンドの1つです。

1967年、元Searchersのドラマーだった Chris Curtisがroundaboutというグループを結成しようとします。

最初に声をかけたのはオルガン弾きのJohn Lordでした。

John LordはThe Artwood(Ronnie Woodの弟のバンド)での活動で有名でした。

John Lordは次に、ベースのNick Simperとドラマーの Carlo Littleを加入させます。

Nick SimperとCarlo Littleの推薦で、セッションギタリストとして有名だったRitchie Blackmoreを加入させます。

バンド発起人のChris Curtisは、元々の奔放な性格に加え、LSDの乱用によりクビになります。

John LordはドラマーのCarlo LittleをクビにしBobby Woodmanを加入させます。

1968年3月、このメンバーでロンドンらから車で1時間ほどのハートフォードシャー州サウスミムズに引っ越し、リハーサルを重ねます。

ボーカルはまだ決まっていませんでしたが、Rod Stewartなど何人もオーディションを受けた結果、Rod Evansに決まりました。

更に、Rod Evansと同じバンドのドラマーだったIan Paiceも同時に加入。

1968年7月、デビューアルバム「Shades of Deep Purple」をリリース。


Deep Purple Shades of Deep Purple

Deep Purple Shades of Deep Purple

アルバム「Shades of Deep Purple」 1968

この頃はJohn Lordのハモンドオルガンが中心のアートロック的なサウンドです。

シングル「Hush」がいきなり全米4位を獲得し、アルバム自体も24位とヒットしました。

1968年10月、セカンドアルバム「The Book of Taliesyn」をリリース。


Deep Purple The Book of Taliesyn

Deep Purple The Book of Taliesyn

アルバム「The Book of Taliesyn」 1968

このアルバムも前作からの期間も短く、前作の延長線上にあるアルバムでした。

前作よりも売上げは落ちましたが、シングル「Kentucky Woman」が全米38位、アルバムも全米54位と健闘しました。

意外なことに、イギリスのバンドであるにも関わらず、イギリスでのリリースは翌年で、売上げもさっぱりでした。

1969年6月、アルバム「Deep Purple Ⅲ」をリリース。


Deep Purple Ⅲ

Deep Purple Ⅲ

アルバム「Deep Purple Ⅲ」 1969

このアルバムも前作までの流れを汲むサウンドでしたが、シングルヒットもなく話題にならず、レコード会社の倒産も相まって、バンド活動停止の危機を迎えるのでした。

1969年夏頃、バンドの方向性について話し合いがもたれました。

この頃、アメリカを中心としてLed Zeppelinが大ブレイクしていました。

Ritchie BlackmoreやJohn Lordはバンドをハードロック路線で行くことにしました。

そして、RodとSimperをハードロック路線に合わないとして解雇。

代わりに、元Episode SixのボーカルIan GillanとベースのRoger Gloverが加入。

ここにDeep Purple第2期が始まりました。

1969年12月、ライブアルバム「Concerto for Group and Orchestra」をリリース。


Deep Purple Concerto for Group and Orchestra

Deep Purple Concerto for Group and Orchestra

アルバム「Concerto for Group and Orchestra」 1969

このアルバムはJohn Lord作曲の組曲をロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団と一緒に演奏したコンサートの模様を収録しています。

評判は上々でしたが、バンドは「オーケストラと一緒に演奏するバンド」としてのイメージがつかないか心配しました。

1970年6月5日、ハードロック路線第一弾のシングル「Black Night」とアルバム「In Rock」をリリース。


Deep Purple In Rock

Deep Purple In Rock

アルバム「In Rock」 1970

このアルバムは、Ian GillanのハイトーンボーカルとRitchie Blackmoreのハードなギター、John Lordのクラシカルなオルガンが見事に融合したハードロックアルバムとなりました。

「Speed King」「Child in Time」などの後の代表曲を収録されています。

するとこれが全英4位の大ヒット。

同じ時期にブレイクしていたLed ZeppelinBlack Sabbathと共にハードロック3大バンドとして地位を確立しました。

1971年7月、アルバム「Fireball」をリリース。


Deep Purple Fireball

Deep Purple Fireball

アルバム「Fireball」 1971

このアルバムは、前作のヒットを受けて急いで製作されたものでしたが、全英1位の大ヒットを記録。

前作ではアメリカでは不発でしたが、今回は全米32位と健闘しました。

代表曲「Fireball」「Strange Kind Of Woman」を収録。

1972年3月、アルバム「Machine Head」をリリース。


Deep Purple Machine Head

Deep Purple Machine Head

アルバム「Machine Head」 1972

このアルバムはスイスのモントルーで録音されました。

モントルーではちょうどFrank Zappaがライブを行なっていました。

ライブ中、客が照明弾を天井に撃ち込み火災が発生。

ライブ会場が全焼してしまう事件がありました。

その煙が水面を漂う様子を見ていたメンバーによって大名曲「Smoke On The Water」が生まれたのでした。

誰もが一度は聞いたことのあるリフは多くのアーティストにカバーされています。

その他アルバム冒頭を飾る、ギターキッズ必修の「Highway Star」、ハードな「Space Truckin’」など強力な曲が並び、ハードロック史に残る大名盤となりました。

チャートも全英1位、全米7位、日本6位の大ヒットを記録しました。

1972年8月、初来日。武道館などでプレイする。

1972年12月、ライブアルバム「Live In Japan」をリリース。


Deep Purple Live In Japan

Deep Purple Live In Japan

アルバム「Live In Japan」 1972

このアルバムは初来日の模様が収録され、当初は日本のみの発売でした。

しかし、あまりの出来の良さに「Made In Japan」として世界リリース。

アルバムから「Smoke On The Water」がシングルカットされ全米4位、アルバムも全米6位と大ヒットとなりました。

このアルバムの大ヒットを機に、他のアーティストも日本でのライブ盤を制作するようになりました。

このアルバムはロックのライブアルバムの決定盤として現在まで語り継がれています。

1973年1月、アルバム「Who Do We Think We Are」をリリース。


Deep Purple Who Do We Think We Are

Deep Purple Who Do We Think We Are

アルバム「Who Do We Think We Are」 1973

このアルバムは、Ritchie BlackmoreとIan Gillanの関係の悪化から打合せもほとんどないまま制作されました。

Ritchie Blackmoreの積極的なプレイは聞かれませんでしたが、「Woman From Tokyo」など佳曲を収録。

前作のヒットにも引っ張られてイギリス4位、アメリカ、日本で15位とヒットしました。

1973年6月、2回目の来日。

しかし、武道館公演でアンコールを拒否したことで暴動が発生。

このライブをもって、Ian GillanとRoger Gloverが脱退。

1973年後半、元TrapezeのGlenn Hughes(ベース&ボーカル)、オーディションに応募してきた無名のDavid Coverdail(ボーカル)が加入。

1973年、ギネスにおいて「世界一音量のデカいバンド」として認定。

1974年2月、アルバム「Burn」をリリース。


Deep Purple Burn

Deep Purple Burn

アルバム「Burn」 1974

このアルバムは、テレビなどでも頻繁に使用される印象的なリフの「Burn」、ブルージーな「Mistreated」など、名曲が収められ、Deep Purple第3期の名盤となりました。

1974年4月、カリフォルニアジャムに出演。

このライブは好評を得、アルバムの売上げに貢献しました。

1974年11月、アルバム「Stormbringer」をリリース。


Deep Purple Stormbringer

Deep Purple Stormbringer

アルバム「Stormbringer」 1974

このアルバムは、David CoverdailとGlenn Hughesが意欲的に参加したことにより、ソウルフルな音楽性になりました。

1975年6月、Ritchie Blackmoreがソウルフル路線に耐えきれず脱退。

代わりに元The James Gangのアメリカ人ギタリストTommy Bolinが加入。

1975年10月、アルバム「Come Tast The Band」をリリース。


Deep Purple Come Tast The Band

Deep Purple Come Tast The Band

アルバム「Come Tast The Band」 1975

このアルバムも、前作にも増してファンキー&ソウル路線となっており、様式美ハードロックの面影はなくなりました。

これまでのファンには不評でしたが、先入観を持たずに聞けば中々の力作で売上げも好調でした。

しかし、ツアーではトラブルが続きます。

インドネシア公演において暴動が発生。

その影響でスタッフの1人が亡くなり、Glenn Hughesは殺人容疑で逮捕されてしまいます。

濡れ衣ではありましたが、インドネシア軍に多額のお金を支払い、ようやく出国できました。

更にTommy Bolinはヘロインの過剰摂取でプレイが出来ず、John Lordがオルガンでギターパートを弾く始末でした。

1976年7月、このままではバンドは続けられないとして解散。

メンバーはそれぞれの音楽活動の道に進みました。

1980年、偽Deep Purple事件勃発。

これは、初代ボーカリストのRod Evansが全盛期のメンバーによく似たマイナーミュージシャンを集めてDeep Purpleを名乗りアメリカでライブ。

偽物に気付いた観客は激怒して、ビンをステージに投げ込む騒ぎとなりました。

結局、Rod Evansはバンドから訴えられて賠償金を支払った他、本来貰えるはずの自分のDeep Purpleでの権利も剥奪されました。

1984年4月、Ian Gillan、Roger Glover、Ritchie Blackmore、John Lord、Ian Paiceのいわゆる第2期メンバーで再結成。

1984年10月、アルバム「Perfect Strangers」をリリース。


Deep Purple Perfect Strangers

Deep Purple Perfect Strangers

アルバム「Perfect Strangers」 1984

このアルバムは、久々の黄金期のメンバーでのアルバムということで歓迎を受けました。

アルバムは全米12位、日本でも4位になり、約100万枚を売上げました。

ツアーも大盛況でBruce Springsteenに次ぐ第2位の興行成績でした。

1987年1月、アルバム「The House of Blue Light」をリリース。


Deep Purple The House of Blue Light

Deep Purple The House of Blue Light

アルバム「The House of Blue Light」 1987

このアルバムからは「Call of The Wild」「Bad Attitude」がシングルカットされどちらも14位を記録し、アルバムも34位を獲得しました。

しかし、このアルバムの制作中から早くもRitchie BlackmoreとIan Gillanの確執が現れ始めました。

1988年6月、ライブアルバム「Nobody’s Perfect」をリリース。


Deep Purple Nobody’s Perfect

Deep Purple Nobody’s Perfect

アルバム「Nobody’s Perfect」 1988

このアルバムは、「The House of Blue Light」のツアーを収録したものです。

ツアーのセットリストは大名盤「Live in Japan」のセットに再結成後の曲をちりばめたセットリストになっています。

1989年、Ian Gillanが脱退。

Ritchie Blackmoreとの確執が原因でした。

バンドはすぐに元RainbowのJoe Lynn Turnerを加入させます。

1990年10月、アルバム「Slaves and Matters」をリリース。


Deep Purple Slaves and Matters

Deep Purple Slaves and Matters

アルバム「Slaves and Matters」 1990

このアルバムはJoeが加入したことで多少Rainbow風になり、話題を呼びましたが、全米87位と結果は振るいませんでした。

1992年後半、Joe Lynn Turnerがメンバーとの確執により脱退。

代わりにバンド25周年に合わせてIan Gillanの復帰を強く望んだマネージメントによりIan Gillanが復帰。

1993年7月、アルバム「The Battle Rages On…」をリリース。


Deep Purple The Battle Rages On…

Deep Purple The Battle Rages On…

アルバム「The Battle Rages On…」 1993

このアルバム制作中にはまたもやRitchie BlackmoreとIan Gillanとの確執が決定的に。

1993年10月のライブでは、ライブが始まっているにも関わらず、Ritchieは演奏を拒否。

ソロの頃になってようやく登場したと思ったら、カメラマンに向かってコップの水をかけたりとご乱心。

DVD「Come Hell Or High Water」1994年

翌月11月には今度はRitchieがバンドを脱退してしまいました。

ツアーの残りの日程はJoe Satrianiが代役を務める。

1994年、元Dixie Dregs、元KansasのSteave Morseが加入。

1996年、アルバム「Purpendicuiar」をリリース。


Deep Purple Purpendicuiar

Deep Purple Purpendicuiar

アルバム「Purpendicuiar」 1996

このアルバムは、Steave Morseが加入したことで、フュージョン色の強いアルバムとなりました。

1998年、アルバム「Abandon」をリリース。


Deep Purple Abandon

Deep Purple Abandon

アルバム「Abandon」 1998

このアルバムには「In Rock」から「Bloodsucker」が再録されました。

2002年、John Lordが膝の不調により脱退。

代わりに元Rainbow、元Ozzy OsborneバンドのDon Aireyが加入

2003年、アルバム「Bananas」をリリース。


Deep Purple Bananas

Deep Purple Bananas

アルバム「Bananas」 2003

2005年、アルバム「Rapture of the Deep」をリリース。


Deep Purple Rapture of the Deep

Deep Purple Rapture of the Deep

アルバム「Rapture of the Deep」 2005

2012年、John Lordが膵臓癌のため死去。享年71歳。

2013年、アルバム「Now What?!」をリリース。


Deep Purple Now What?!

Deep Purple Now What?!

アルバム「Now What?!」 2013

2013年、2年連続でロックの殿堂入りを逃す。

KissのGene Simons、RushのGeddy Lee、Guns’n’RosesのSlash、
MetallicaのLars UlrichらがDeep Purpleの殿堂入りを求める声明を相次いで発表。

2016年、ようやくロックの殿堂入り。

2017年、アルバム「Infinite」をリリース。


Deep Purple Infinite

Deep Purple Infinite

アルバム「Infinite」 2017

2020年、「Whoosh!」をリリース。


Deep Purple Whoosh!

Deep Purple Whoosh!

アルバム「Whoosh!」 2020

Deep Purpleが影響を受けたアーティスト

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